Arikaina 2013/5 鈴木屋敷の再建を[2]
 藤白神社が平成20年に発行した「ふじしろ初山踏」によると、鈴木屋敷の当主は初代から昭和初期まで百二十二代続き、「全国の鈴木氏総本家とも言うべき」としています。

かつて藤白神社は熊野への入口とされ、後白河法皇や後鳥羽上皇など、歴代の上皇・法皇が幾度となく熊野へ行く度にこの鈴木屋敷に宿泊し、歌会などを催したと伝えられています。

神社の境内も東西2キロにも及び、現在の「海南市鳥居」という地名は、当時そこに神社の鳥居があったことに由来するとされています。

 こうした歴史的に由緒ある鈴木屋敷ですが、「40年ほど前までは借家として使われていましたが、それ以降は空家のまま(同神社、以下発言同じ)」

その間特に修繕は行われず、現在では建物の一部が屋根から陥没するほど痛んでしまっており、「観光スポット」とは言い難い状態に。
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Arikaina
2013/5号
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