かつて藤白神社は熊野への入口とされ、後白河法皇や後鳥羽上皇など、歴代の上皇・法皇が幾度となく熊野へ行く度にこの鈴木屋敷に宿泊し、歌会などを催したと伝えられています。 神社の境内も東西2キロにも及び、現在の「海南市鳥居」という地名は、当時そこに神社の鳥居があったことに由来するとされています。 こうした歴史的に由緒ある鈴木屋敷ですが、「40年ほど前までは借家として使われていましたが、それ以降は空家のまま(同神社、以下発言同じ)」 その間特に修繕は行われず、現在では建物の一部が屋根から陥没するほど痛んでしまっており、「観光スポット」とは言い難い状態に。 [6]前に戻る (1) (2) (3) (4)
[2]記事一覧へ [0]トップページへ戻る |