Arikaina 2013/8 箕島甲子園出場![7]

会社員と監督、2足のわらじ

 尾藤強監督は、箕島高校黄金時代を築き一昨年に亡くなった尾藤公元監督の長男。

昨年から野球部のコーチを勤め、今年監督に。

現在、強さんは有田川町の会社で働きつつ、監督業を勤めています。

「朝7時から3、4時頃まで仕事で、その後練習。夜、練習が終わってからまた仕事に戻ることもあります」

強監督もかつては箕島高校のエースとして父と共に甲子園を目指しましたが、自身は甲子園出場は果たせませんでした。

「43歳になった今でも夢に見ますよ。甲子園出られんかって悔しいって。

今自分が監督として、選手にそういう思いしてもらいたくない、っていうのはありますね」

野球部監督を言わば"世襲"することになった訳ですが、当のご本人は「もともと、そんなつもりは全く無かった」とか。
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2013/8号
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