広川町の大事業 役場・耐久中・町民会館の移転が白紙に[1]旧日東紡績工場の跡地(以下日東紡跡地)へ役場などを移転させる方針を示していた広川町。しかし町が、この方針を撤回していたことが分かりました。過去には日東紡跡地の周辺について、防災上の懸念を指摘していた専門家もいます。
日東紡跡地は広村堤防・耐久中学校の南側に広がる広大な空き地。広川町では'21年3月の町議会で、当時の西岡町長が「日東紡績工場跡地については、地域の皆さん方にご理解をいただき、海抜10m程度かさ上げをして、耐久中学校を移転したい」と発言。その後、昨年3月の議会では西岡町長は日東紡跡地に「耐久中学校・役場庁舎・町民会館を移したい」と発言し、基本構想をまとめるとしていました。 西岡町長はさらに昨年6月の議会で、「反対の声が大きければやめる。絶対しなければならないというものではない」「日程は白紙であるが、日東紡績跡地に近い地区から説明会をし、町民の皆さんにご理解してもらうという考えである」などと発言していました。 しかし町企画政策課によると、予定していた町民への説明会は台風で中止に。さらに昨年10月には、西岡町長が死去。同課によると、その後計画は「内容を白紙にして考え直す」状態になっているとのことです。 昨年11月の町長選で当選した樫原現町長も、昨年12月の議会で「選挙期間中、庁舎等を移転するなら安定した地盤の高台にしてはどうか、中学校は合併も含めて考えてはどうか、高台にした場合の周辺地区への影響についてなど、たくさんの住民の意見を聞いた。総合的に考えると、もう一度立ち止まって、考え直す必要があると考えている」と答弁しています。 (1) (2) (3)
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