Arikaina 2024/12 植樹で"令和の広村堤防"
"令和の広村堤防"を植樹で 耐久中学校の運動場に「鎮守の森」

 江戸時代の大地震・津波のあとで整備された、広川町の「広村堤防」。町は現在、この「広村堤防」へとつながるような形でマウンドを作り、その上に植樹する事業を進めています。町では「令和の広村堤防事業として意義があると考える」としています。

 広村堤防は安政元年(1854年)の大地震と津波のあと、地元の名士である濱口梧陵が建設した防波堤。濱口梧陵は津波のさい、暗がりの中で稲むら(わらの束)に火をつけて逃げる村人を誘導した「稲むらの火」の故事でも知られています。後の昭和の大地震では堤防が津波から村を守り、安政の大地震のさいより大幅に被害を抑えました。

 広川町が着手したのは、この広村堤防に続くような形で森をつくるというプロジェクト。全国各地で防災のための森づくりを進めている「鎮守の森のプロジェクト」からの申し出により建設が決まったもので、町では9月の議会で「令和の広村堤防整備事業として意義があると考える」と説明しています。

 建設される場所は「広村堤防」の南側に位置する耐久中学校の運動場の一部。町の企画政策課によると広村堤防から続くような形でマウンドをつくり、5千本を植樹する予定とのことです。

 広村堤防にはマツが植樹されていますが、新しく植樹する木は「鎮守の森のプロジェクト」が土地にあった木を選び、町に提供するとのことです。

雨漏りする部屋も…
老朽化している中学校、移転の話も

植樹するマウンドの工事が進んでいる耐久中学校。写真左奧の方から広村堤防へと続いています。(12月7日撮影)

 「鎮守の森」により防災機能の強化が期待される耐久中学校ですが、校舎は老朽化が進んでおり、雨漏りもあるとのことです。町では、移転の話も持ち上がっています。

 町の教育委員会によると、校舎は1963年(昭和38年)竣工。すでに築60年以上が経過しており、雨漏りしている部屋もあるとのことです。現在は雨漏りしていない部屋を使っているとのことですが、工事をしようにも「どこから漏れているか分からないため、(ピンポイントの)工事ができない状態(同教育委員会、カッコ内本紙)」とのことです。

 町では現在、中学校の南にある日東紡の工場跡地に中学校を移転する計画も出ていますが、まだ具体化はしていません。同教委によると町内では南広小学校(築64年)でも雨漏りしており、漏れている箇所に受けをつくって外に出しているとのことです。

参考=稲むらの火の館「資料室 【濱口梧陵】」(https://www.town.hirogawa.wakayama.jp/inamuranohi/siryo_goryo.html)/広川町議会だより 第48号(https://www.town.hirogawa.wakayama.jp/gikai/pdf/gikaidayori_48.pdf)/百世の安堵「広村堤防の松」(https://hyakusei-no-ando.com/heritage/%E5%BA%83%E6%9D%91%E5%A0%A4%E9%98%B2%E3%81%AE%E6%9D%BE/)/鎮守の森のプロジェクト(https://morinoproject.com/)


次の記事
自然博物館の検討委立ち上げ

前の記事
新防災公園、市民の意見反映されず


←このページのコード

有田・海南のフリーペーパー
Arikaina
2024/12号