Arikaina 2025/12 鷹島売却、国内企業が応札か[3]
木、草、塩…かつては地域の「共有財産」

1度売却して、買い戻して、また売却? 広川町による鷹島(たかしま)の売却、国内企業が応札か[3]


地域に多くの恩恵を施してきた土地
石原元町長「先祖の守ってきているもんを守れた」

 その後、広川町は2002(平成14)年に鷹島と名南風鼻を買い戻します。当時の石原久男町長は町の広報で「歴史的、文化的又、自然環境からも大変重要な鷹島、名南風鼻を買い戻しました」と記しています。

 同じ2002(平成14)年6月の議会では、中山美輝夫議員が鷹島と名南風鼻について質問しています。同議員の質問によると、40年ほど前まではここで採れる木は食事やお風呂の燃料として欠かせないものであり、また草は家畜の飼料や農作物の肥料、さらに戦争中には松の木を刈って海辺で塩づくりと、「数多くの恩恵を地域住民が受けて来られた(中山議員)」とのこと。さらに同議員は、同地の売却は耐久中学校の建設資金とするためだったと述べています。

 これに対し、当時の石原町長は「おっしゃるとおり、いわゆる地元の財産としてですね、歴史的には村山というか、共有山であったんであろうと思うわけです」「厳しい財政の中で、広川町の耐久中学校の体育館の建設等の財源ということで売却されたわけでございますが、考えてみれば大変残念なことであった」などと答弁。続けて、町が買い戻したことについて「大変私も長く先祖の何を守ってきているもんを、守れたというふうな大変感慨もございます」と述べています。

「観光資源としても価値高い」
町もかつて開発を計画か

 石原元町長は同じ議会の中で、土地の購入後は「歴史的な文化的なそういうもんとあわせながら」としつつ、海水浴場や、海洋スポーツ・海洋レクリエーション施設を整備する計画を立てていきたいと述べています。

 その後、町は鷹島に明恵上人の歌碑を設置しましたが、名南風鼻をふくめ、大がかりな施設などは建設されていないままです。

 かつては地域にさまざまな「幸」を届けた末に、町の財源のために売却された鷹島と名南風鼻。買い戻したさいには「大変感慨(石原元町長)」と言われていましたが、今ふたたび、開発のために売却されることになるのでしょうか。

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参考=広川町「名南風鼻及び鷹島町有地への宿泊施設整備促進に係る優先交渉権者選定のための公募型プロポーザルの実施について」(https://www.town.hirogawa.wakayama.jp/nyuusatsu/proposal/2025-1029-0921-18.html)/和歌山県立自然公園「西有田県立自然公園」(https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/032000/032500/park/area/04_nishiarida/index.html)/日本遺産ポータルサイト「名南風鼻及び鷹島の景観」(https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/3907/)/広川町「広川町誌 上巻」(1974年)/広報ひろがわ 平成15年1月号/広川町議会議事録 平成14年6月 第2回定例会/広報ひろがわ 平成15年5月号

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